アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

兆し5-1 正しいよりも楽しい方へ 空白という予兆

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朝、散歩に出ることにしました。

ゲーテも立ちながら書いたってんで集中力と健康の維持にスタンディングデスクなんて流行っている昨今ですが、確かに自宅仕事になったとたん、循環が落ちて足などが尋常じゃなくむくんできたり太ってきたり、外で働いていた時どれほどのストレスと運動量が私の体重を維持してくれていたのかを思い知らされたりしましてね。

近所をぐるりと40分ぐらいですかね。ちょうど花の咲き始め、椿、モクレン、梅にレンゲに沈丁花、これはnoteのタイトル画像に使えるかも、なんて、パシャパシャぶらぶら歩きはじめました。noteという場ができた、これは大変な効用です。

こうしてしばらくは楽しくて歩き回っていたんですが、大体花の咲いている場所が分かってくると、早くも少し飽きはじめている自分に気が付きましてね。

それに、東京の住宅街の中なんてのは、花が咲いているのがおおよそ人ん家の庭先だったりしてね、カメラを向けているのが、どうにもこうにも、はばかられるのです。

飽き始めた。人目も気になる。

さて、どうしたもんかね。

飽きっぽかったり気が小さかったりという、この性格について今更ここで責めても埒はあきません。朝から自問自答で自家中毒にはなりたくはありませんし、なるべく早くに次の楽しい事を、自分で自分に探してあげなくてはなりません。

つづく

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「兆」しのあらすじ
noteのための記事をひとつ書いた。記事に書いた内容に沿って、行動をはじめた。すると、その行動の中に、出来事が現れ始めた。
私はそれを、「アルケミストパウロ・コエーリョ著(角川文庫)の中にあるような、noteの神様からの「兆し」と見立て始め、そして兆しを追い始めた。noteの神様からそっと差し出される、兆しを追う物語。

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どこからでも単発で読めますが、続き物にもなっています↓

note.mu