アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

【本】 15年かけて読めるようになった種の本 キッチン/吉本ばなな

タイトル:キッチン 著者:吉本ばななよしもとばなな

デビューの時の、あの鮮烈さを私はまだ覚えている。
NHKのニュース。ばなな現象。

100万部を超える本の売り上げ、
若い女性からの圧倒的な支持。
不思議な名前。
ものすごい綺麗な手。
猫のような笑顔。

彼女が50歳だということに私は驚いた。
彼女の書く文章は、年齢を超えている。
その作品は魂年齢みたいな視点から書かれているような気がして色あせない。
だから実際の肉体年齢を言われると、なじまなくて、びっくりする

そういえばよしもとさんはずっと18歳ぐらいの精神年齢だと、どこかでおっしゃっていたような気がする。

デビュー作のキッチンを読み返して最も驚くことは
彼女がいまだに書いて伝えようとしていることは、
最初からキッチンにすべて凝縮されているということ。

そのテーマは一貫して変わっていない。
20歳前後に書いた作品がこのテーマで
以来30年、ずっと変わっていないのだ。
 
なんていうことだ。
デビュー時には、もうすでに、これを書いて行こうということが決まっていたということ。世の中に伝えることを見つけていたということ。

自分が本当に大切だと思うことを
ひたすら世の中に表現していく
アーティストはより100%の純度で集中して表現をし続けることに挑戦する人
 
 
その本当に大切なものというのは
かそけきものだし、理解されにくい
批判も誤解も人はしてくる

その中でも、ただただ
自分で守っていき大切にしていく

自分だけがそこを大切にできる
それが自分を救う

この世界を生きる上で大切なのは、むしろこれだけかもしれない

で、実際にそうやって行動もできたらいいじゃんねっていう話なんだけど
そうはいかない日常のなかにあるから、

よしもとさんはこうやって作品という形で残してくれているのだと思う


私が小学生ぐらいの頃、
吉本さんの社会現象のニュースを見た気がするから
 
だからかなり早い段階から、私は彼女の小説に触れてきた

彼女の小説や書いたものに影響を受けた、というよりも、
もっと空気や水が血肉に混じるような形で
吉本ばななという存在は
日本の女性の肉体に、思考に、混じりこんだはずだ。

ただ、当時、惹かれて読むわりには
実際、何が書いてあったのか
ちゃんとは、わからなかった。

その時の私の価値観は、吉本さんが伝えようとしていることと真逆の価値観だった
 
なにせ、周囲に、よしもとばななさんや、吉本隆明さんのような考え方をする人が誰一人としていなかったのだ

さらに
日本の文学界が持っていた傾向と
吉本さんの本のテーマは真逆のような気がしている

そして、日本の大勢が当時よしとしていたものと
吉本さんが伝えようとしていたよいと思うことも、
真逆であったのではなかったかと思う

吉本さんの作品を私はこう読む。
 
主人公はネガティブにもなるし、
いいことだけ起こっていない。
むしろ設定は、大切な人が死んだり事故ったり
周囲と、うまくなじまないで働いていないとか
環境的にいえば暗くなりがちなところにある

なのに、話にはいつも、軸とか、強さと明るさみたいなものが通っている。

主人公は「そこだけは揺るがず、ゆずらず大切にしていること」があって、
そこを先に決めて生きている感覚を描いている。
というか、人はそれぞれ違って、その違う部分は変えようがない。
それは個性で、みんな違っていい。
 
全員が違う個性、という前提で、一人称の小説が書かれると
自分は動かずに周りが動いていくように描かれる。
 
これは、周りからの影響に翻弄されて右往左往して感情が動く自分を描く日本文学の傾向とは、真逆のものである。
 
自分が自分であることをあきらめて、
周囲と折り合いをつけて、自分の道を生きて行くさま
 
よしもとさんはいつも、そこだけを描いているし、そこだけを伝えている。
 
ただ、これこそが、分からない人には伝わらないところだ。

よしもとさんの書く世界と真逆とはどういうことかというと
 
まわりの人の言っていることが正しくて、
学校で言われたことが正しくて
がんばって周囲に合わせて自分を抑えて
いつの間にか
社会の正しさに向かって「正しい妄想」の中に、正しいであろうことを主張して行く人になること。
頑張って頑張って、周囲にも頑張って正しくあることを強制する人になること。

他人や上司やニュースで言われていることを、自分より上位で正しいと思うこと。
いつのまにか、自分で考えられなくなり、自分の心を使えなくなる
自分があれ?と思っても、心が痛んでも、知らずのうちに無視してしまう
人の意見に、自分を曲げている
周りの人のうっすらとした期待のようなものにばかり沿っている

すぐに意見を変え、ふらふら揺れて振り回され、自分でいつも自分を責めている
疲弊したり嘘があったりいつも先ばかり急いでいたりする

こういう価値観を疑わずに頑張れる時、
多分、この本は読めない。
何が書いてあるのかわからない。

私は20代を通して吉本さんがなぜ人気があるのかわからなかった
同じく、村上春樹さんがなぜ面白いと人が言うのかということもわからなかった

30代に入ってからしばらく会社員をやめて、
ちょっとぶらっとしながら、
興味のあることをやりはじめるようになった時期があって、

その時に、友人がよしもとばななさんのことを大絶賛していて
王国というシリーズの本をあまりに大絶賛するので
重い腰を上げて読んでみたら
あまりに面白いのでびっくりした

よしもとさんが何を言いたくて本を書いたのかが
自分の経験を通して、やっと、わかるようになっていた

種がまかれてから
彼女の小説を読めるようになるまで、10年以上、かかった
 
こういうことが大事だと
わかるようになるまでこんなにもかかったのかと自分で驚愕した
と同時に感動した

彼女の言っていることがわかるようになった時、
それまで読めない、理解できないと思っていた
たくさんの小説家の作品が、読めるようになっていた

むしろ
本当に面白いのだと分かるようになった
 
乾いた砂が水を吸収するがことく
小説、童話、漫画、そういうことがぐんぐんと私の中に入ってきた

やっと私は読めるようになっていた
私の世界は、長い時間をかけてちゃんと育っていたのだ

私はまだよしもとさんが伝えようとしている価値観の世界観の中だけで
生きれているわけではなくて

毎日心が折れたり
好きなことを好きと言えなくてへこんだりしている
 
それは生まれた時からの癖のようなものだからしょうがないし
20代の他人軸の中を泳いでいた自分も、
 毎日へこむことのある今の自分も、
 でもだからこそ見えるものもある。

それでも、少しずつ、確実に
自分の大切だって感じたことって

やっぱり学校や社会や会社で大切だってされていることとは
違うよね?
どっちを尊重するよ?
って思うようになってきてから、

自分の好きなことや大切なことを
きちんと尊重する人たちが周りにたくさん増えるようになってきた

本はその背後に作者の価値観や世界観があって、
必ず
読んでいる私のことを反映してくれる

価値観や世界観って
本当に植物が育つぐらいのスピードでゆっくり素朴に育つ
この時間のかかり方にびっくりする

心を大事にする方を選ぶ時、
 とても怖い
先に、何の保証もない

大事にしたものによって傷つくことの痛みは大きいだろう、と
過去の自分がささやいたりする。歳をとるほど、痛みに対する怖さが大きくなることもある。

だけど、自分自身を表現した、その先にだけ、見えるものがある

世界なんて、生まれた時から、私の周りにずっと寄り添い、ただある

どんな世界も
見させられるものではなくて、自分が決めて見ているものだ
 
また戻って見直すことはいつだってできる
 チャンネルは変えられる

よしもとさんの作品がある
そのことで私は救われている
 
作品を灯台のようにそこここに置いてくれて
すきなものや、本や、映画や、食べ物や、人や、失敗や、家族や、大切な人を
そういうことをまるっと見せ続けてくれた。

そういうことでものすごく救われている
自分をひたすらに表現する人は、みな、他の人を救う
そのことを、いつも忘れないでいたい

私が持っているのは↓このどれでもない
えんじ色の表紙の文庫本と、クリーム色の単行本

 

キッチン

キッチン

 

 

 

キッチン (角川文庫)

キッチン (角川文庫)

 

 

 

キッチン (新潮文庫)

キッチン (新潮文庫)