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アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

2をベースに世の中を見直すといろいろ楽になるという提案。自分とは1人ではなく2人のことじゃないかな?

 

物事の基本数は、1だと思っていた。

無意識で、1が基準だった。

 

「みんな」という名の”ひとつ”とか

ひとつのルールとか

世の中が1に還るとか

絶対的なひとつもの、

変わらない自分とか、

絶対的な神とか

 

ひとつを基準としたものはかなりの違和感としんどさがあって目をそむけたくなるにもかかわらず、

ひとつをめざすからこその、違いを認めないしんどさが、そこにあったにもかかわらず、

ベースはひとつという錯覚を自分の中にずっともっていた

 

でもよく考えたら

自分の内部には、いつも2人いた

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常に、自分A と 自分B が会話をしている。

 

自分Aと自分Bの力加減が変わることで、

楽になったり、死にたくなったりする。

 

考える自分、感じる自分、

ダメだしする自分、言うことを聞く自分

 

分け方はなんでもいいんだけど、2人だ

 

結局、「自分」という、世界を作る基本的な土台が

「2」からできていたということに

ふと思い至った

 

あれ、、、

世の中はひとつ、ではなく、もしかして、ふたつ、が基準?

 

2をベースに世の中を見直してみた

 

すると、といろいろ楽になる、と感じた

 

自分の中で、常々葛藤があるのも

2がベースなら、納得できる

 

自分の中が大きく揺れるのも

2がベースなら、あきらめがつく

 

2は、悪い事ではない

むしろ、自分が2なのには、理由がある

 

2の利点は産むことだ

2の間を往復することでしか「生まれる」という行為は起きない

 

感情でも気でもいいのだけど、

いのちとか魂というのものは、

どうも

動かして、揺らしておきたい性質があるんだと思う

細胞分裂をうながす試験管だって常に揺らされているように

生物にとって2点間の移動は多分必須行為だ

 

揺れてエネルギーを生み出し、

2を同じ方向に揃えると、

物事は動き出す

 

そしてうまれて浮かび上がる3

そういえばDNAも2本螺旋だな

 

この2の仕組みで解説すると

いろんなことがスッキリする気がしている

整理整頓して伝えていきたいと思う