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アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

くちなしの花の香を追い続けるの記

 

この世で最も好きな香りは何?と聞かれたら、

雨上がりの中に香るくちなしの花の匂い、と答える。

 

「最も」なんて言い切ってしまうには、

カヌーで釧路川の上にいる間ずっと香っていた、あの何とも言えない土と木々の甘い香りや、

お腹が空いた夕食時、街角から不意に漂うしょうがやきの匂い、

辺り一面、見渡す限り真っ白になった田んぼの上でかぐ雪の匂い、

海の近くでする潮の香、


この世には、全身が持っていかれてしまうほどいい香りってたくさんあるのだけれど

それでも全身のが反応するのはクチナシの匂いだ。

 

一瞬にして、良い気持ちになる。あの優しい甘さ。自分がどんな状態の時でも、いったん嗅ぐと、感情ごと変わるほど。

 

クチナシの咲く6月は、街のあちこちで、思わぬところから風の中に混じって、ご褒美みたいにこの甘い香りがふわっと来るから、歩くのが本当に嬉しくなる。

 

一年中この香りが嗅げたら。


さらに、この香りが自分の体から立ち上ったら。


それはもう本当に、本当に幸せだなっていうのは、ずっと抱いている、私のひそやかな願望だ。

 

これさえあったなら復活できるアイテムって何ですか?


ドラクエ復活の呪文とか、悟空たちが食べてるセンズみたいな復活のアイテム。

 

私は、空を見る、そして、くちなしの花の香をかぐ。この二つだな。

 

 

これは、幻の6月のクチナシの香水を、RPGの主人公のように探し続ける人の書いた、クチナシ偏愛記である。

 

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世の中には、花の香りのする香水が、たくさんある。

 

金木犀なんかは香りが本物そっくりで芳香剤が販売中止になるほどだし、アロマオイルとなれば本物から抽出しているわけなので、それそのものの香となる。ラベンダーやローズなどは良い香りである。

 

だけど残念なことに、くちなしの花の香水は、ない。

 

 いや、正確にいうと、くちなし、または英語でガーデニア、という名前の着いた香水や、ボディクリーム、アロマオイルは、ごまんとあるのだが、日本の街中で6月に香る、あのくちなしの花そのまんまの香りを放つものが存在しない、ということなんである。

 

「くちなし」と名前のついているものは、くちなしとは程遠い、昔の化粧品みたいな匂いがする。

 

「ガーデニア」とついているものは、外国の品種っぽく、熱帯の肉厚の花の甘すぎる匂いの中に、やはりあの化粧品のような、人工香料のクチナシの匂いが混じっている、というものになっている。

 

いずれも、6月のくちなしの花そのものの匂いはしない。

 

調べてみると、くちなしは、香りを抽出するのが大変に難しいらしい。

残念なことだ。あのはかない匂いは、抽出不可能とは…

 

ならば調香したくちなしの香水が、この世のどこかに、存在するのではないか?あの嗅いだ瞬間の体感がよみがえる、という種類の香水。

 

この思いが消えなくて、ゆるっと、だが、絶えず、ずっと探している。

 

探し始めて、10年は経っただろうか。まだ見つけていない。

 

この世には、私と同じように、いや私以上に、くちなしの香りを愛して探し続けている人、というのがいる。しかも、けっこうたくさんいるんである。これは驚いたし、嬉しかった。

 

ガーデニアの香専門のお店も、ネット上でいくつか存在しているし、ガーデニアの香水を買った記録を集めた博士みたいなHPもいくつか存在している。

 

同士!わかるよ!
なんてナイスな記録なんだ!
インターネット万歳!

 

と、私は勢い勇み、ネット上のお店のレビューを読み込んで、香りがそっくりです!と書いてあるものを少しずつ買い試し、ガーデニア香水を買い集めた人のHP史上最もガーデニアに近いと言われた海外の香水も買ってみた。

 

だが、結果は、いずれも残念だった。ものすごくものすごく残念だった。

 

私にとっては違う匂いだった。これは私の思うクチナシじゃない。

 

たしかに、一瞬のトップノートはクチナシの青い香りなんだが、残り香が化粧品のガーデニアの匂いがするし、ミドルノートからまったく別の匂いになったりする。

 

中には「完全蒸溜抽出」って書かれたガーデニアのアロマオイルもあった。
疑いながら、ものはためしって買ってみたけど、お湯に垂らしてすぐ、これは・・・・って沈黙してしまった。クチナシとは別ものであった。

 

中には、香りをかぐと頭痛がするというものまであった。(過敏症なのだ)

天然と書いてあるものの、もしや人工香料が入っているのではないかと疑ってしまう。

 

「これぞ、クチナシの香りです!」って評価が高いものも、全てが万事、そういう感じだった。

世の中の仕組みって、こういうものなの?

 

6月の日本のクチナシは、サツキの花のミツに似た、水のような爽やかな軽さ中にほのかに続く、どこまでも優しく甘い香り。

 

ガーデニアやクチナシ香料の香りは、液体のプラスチックのような不透明な空気の抜けないような厚い物体に鼻の奥をふさがれていくような香りだ。

 

商品レビューの人ー(;;)」下手に褒めないでくれー。
簡単に、「クチナシそのものです」なんて認めないでくれー。

 

6月のくちなし以外の香のことを、クチナシの匂いそのものですって、簡単に認めないで。頼むよ。

惜しい、ってちゃんと書いて下さいって何度叫んだことだろう。

 

もしや、 私の感覚が厳しすぎるのかしら?

 

でも、考え直した。そうじゃない。そうじゃないんだわ、これは。

それほどまで、あのくちなしの、ほのかな甘さに近い匂いは、香りとしてこの世に存在できない、ということなんだ。

だから、少しでも近しいと、皆、驚いて「クチナシの香にまた一歩近づきましたね!」の意味を込めて、褒めるのかもしれない。

 

他者の判断の軸と、私の軸がぴったりと合っているなんてことは、生きていてほぼない。

 

わかっているけど、今回は…と期待するのを、私は止めることができない。わかっていながら、私は律儀に、毎回、期待して舞い上がり、がっかりして落ち込む。商品レビューに、振り回される。他の人が褒めると期待値が上がる分、がっかりも又、大きい。

 

ネットじゃ、試しに匂いをかげないのが辛い。でも買ってみないことには、出会えない。

 

だからやっぱり、買い続けるし、いたるところで嗅ぎ続けている。

 

ドンキの香水売り場や、新宿の地下街にある香水店。香水を5回分ぐらい小分けに販売してくれるネットショップの香水を、端から数十種類大人買いして全滅だったこともある。

 

こんなふうにずっと検索しているがこちらでもまだ、出会えていない。

 

でもまだ、希望は捨てていない。捨てられない。

 

なぜか。それは、くちなしの花に似たよい香りにする人と、すれ違ったことがあるからだ。

街の中でのことだったので特定はできなかったが、人込みのなか、思わず立ち止まったぐらい、驚いた。

 

だから、どこかには、存在するのだと思う。

 

香りを求める。咲いている花のにおいを再現しようなんてのは、自然の法則から反しているのかもしれないけれど、欲望こそ生命力。世知辛いこの世に私をつなぎとめる唯一の物。

だからやっぱり何度だって乞い求める、6月のクチナシが私の体の上に咲くことを。

 

また来年の6月、長いなあ。

 

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