アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

定点観測空写真集vol.12 大暑

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私信

暑さは本当にやってくるのかしら、と思っていた7月の終わりがあった。しかし今年も猛暑はちゃんとやってきた。いつも熱くなってからようやく思い出す。熱さは体をじわじわとむしばむということ。外に出た後、いつもうっすらと頭が痛くなっている。散歩を日課にしていて、最近は熱いので夜に歩くが、夜になっても冷めない熱が、東京にはこもっている。蒸す、というのにプラスして、帯びている何かの熱がある。

 

その熱を外に出すのではななくて、内側に向けるような時期が続いている。
2016年の大暑。こんこんと籠る。こもることが、この上なく快適で楽しい。

 

 

私は引きこもることにずっと、うしろめたさをもっていた。のだが、ここのところ、その一人遊ぶようにしてやっていることの罪悪感や寂しさというものすら消えてきた。会社を辞めて1年以上かかった。

 

罪悪感がなくなったら、後に残ったこの、にじみ湧くような感覚があった。これを何と読んだらいいのか。楽しさ、だろうか。とびあがるような種類の楽しさではない。気が付いたら何時間も経っていたという静寂と没頭の楽しさ。この中にもっと分け入って行きたい。どんどんと。5歳児の無邪気さで。

 

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