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アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

定点観測空写真集 vol.7立夏

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近頃、体が悲しみに満たされているような感覚がずっと続いている。なかなか通り抜けてくれない。

 

5月の頭、二人の偉大なタオイストに会った。

そして5月中、本当に色々な物が、御破算になった。陰転。

 

受け取ったものが大きいと、消化や理解にかかる時間もまた長い。その渦中にいてそれを説明したり分析したりすることはできない。ただ感じることだけだ。

 

考えるのをやめて感じた時にだけ、それに触れることができる。感じるのは動いたときにだけできる特権のようなものだ。

 

タオイストに会ったことで、私の中にある、視点が動いた。いつも、物を見る時に居た定点のようなポジションが動いた。これは石が動いた感じだ。庭に長く置いていた、大きくて重い石が動いたような。

 

 例えば庭に長く置いていた石を動かすと、その下にいた虫たちが現れる。陽の光にビックリとしてわらわらと動いている。それが、体の中で起こっているような、感情のさざなみ。

 

体が、どんどん動かなくなった。

体も気持ちも深く沈み、面白いように人からの連絡が途絶え、関係性も変わり、仕事がいくつも重なって延期になった。

 

ビジネスライクではない、自分の本当のところを、常に試されている、ような気がする。

単なる五月病、なのかもしれない。運動不足かもしれない。

 

水星の逆行もあった、凪のような留があった。

満月があった。

 

美しく赤い月。見ている分には優しく浮かぶが、

その存在は鋭くもあった。

 

時間のあわいに満ちている何かに押しつぶされそうな感覚。

いっそつぶされてしまえばいいと思う。すべての事。

 

自分の中に感情がさざ波立つことは苦手だから
その状態を感じきることから逃げたくて体は何かをしたくなる。

 

嫌なことが来たら逃げる、のはタオだが、
何かに無理になろうとしない、のもタオだ

 

解決しない。自分以外の何かにならない。

自分にすら、なろうとしない。

なろうとするのは収縮。私たちは自分自身になろうとする働き、ではない。

 

寄り添うより深く、その中に入って、感じきって、気が付けばそれになっている。

私たちがなるのは自分自身ではなく、それの方。

 

何をどう揉んでいても朝は毎日やってきて地球はリズムを刻んでいる。むしろ日の出はどんどんと早くなり、陽の光は強くなっている。 動いていないようで大きく日の出の位置は動いている。

 

太陽の強さ、それに逆行する肉体の弱さと柔らかさ

それを思う立夏の空写真集です。

 

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