アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

noteを始めた。ブログとnoteは何が違うのか。

note.mu

noteをはじめてみた。無料で運用している。

はじめたい、と思ったことに躊躇や、恥や、照れを、できるだけ省いてその気持ちに誠意を払っていきたい。

常々「やりたいけど…」となかなか行動しないことが多い。やる前が一番怖い。でもそろそろ、その脳内かけひきに、飽き始めている。めんどくさい自分が嫌だ。ストレートにサクッといきたい。欲しい物に手を伸ばしてもいい。春だしねえ。

ところで、当然だけれど、note の使い方がてんでわからない。右往左往だ。

人生の中で、あなたが最も嫌いな感覚はなんですか? と聞かれたとき、なんて答えるだろう?これは、割合いつも考えていることでもある。今、自分について、判明しているのは、「痛み」と「分からない」が嫌いだということ。

痛みが強い幼少期だったので、痛いことを全力で避ける傾向がある。それに気付いてからはああ痛いのが嫌なんだなあと思う。痛みは生きている証拠そのものと認識を変えたら怖さが少々和らいだ。

分からない、が嫌なのは、ほぼ性癖に近い。機械の操作と、旅行が嫌いなのは、それがわからないことだらけだから。分からないと、ほぼ瞬時に憎しみに近くむっとする。分かりやすく書いていないテキストを読むと怒りが湧く。

でも、その分からないの嫌いをちょっと置いておいて、とにかくいじくりまわす、触っとく、っていうことをやるとまあ、そのうち覚えるのも知っている。ようは完璧主義な理想主義者というわけだ。幼児がスマホを触るようにぼちぼちやっていこう。


そう思い直して、今に至る。


ブログとnoteは何が違うのか。

最初、最も感じたのはこの疑問だ。ブログがあるじゃん。わざわざ新しい機能を使う利点はどこにあるのか。これは追々、時間をかけてまとめていきたいのだが、今使ってみて、真っ先に思った事。

noteの利点のひとつは、書きやすさ だ。

無駄な機能がない。ブログのように、広告を付ける機能もない。他者の画面もない。画用紙に向かうシンプルさがある。noteページを作ることだけに集中できる。クリエイター向けに作ったのだなあと感じる。純粋に、作る人へ。そういう仕様。

note利用者がよくコメントで楽しい、楽しいの連発していてなんでだー?と思っていたけど、なぜか、わかった。作ってるとき、純粋に集中できるから、楽しいのだ。

テキストを書くための様々なソフト、アプリ・・・ワードや、ワードプレスや、メモ帳や、evernoteや「ブログを書く」枠内やと、いっぱいあるけど、使用感がどれとも違う。ブログみたいにアフィリエイト的な使い方をしなくていいから、そういうこと考えなくてよくて、すっきりする。


直接打ち込んでいくのが一番楽しい使い方だと思う。編集の気持ちもかねて、写真とか、URLとか資料を用意して作りこんでいく楽しさ。小学生の時、夏休みの新聞を作ってる感覚。自分のノートや手帳を作りこんでいく感覚。他の人がそれをちょいと横目で見てくれるという感じ。


現在最大の利点としてあげられている課金システムについては、使ってみてから感想を述べようと思う。