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アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

脱いでいく旅:釧路湿原でキャンプとカヌー05 旅へ期待と葛藤をひもとく

たった一度のカヌー体験で

宇宙まで体が拡大したような

深く大きな多幸感を覚えた体は、

ずっと次のカヌーを夢見ていた。

 

そんなある日、

屋久島で知り合った旅仲間のゆかちゃんから

一通のメールが入った。

 

「北海道の釧路湿原でカヌーに乗りながらキャンプする旅、来ませんか?

GTさんっていうツアーガイドさんがいてね、

この人と一緒に釧路湿原をカヌーで下るのどうしてもやりたくて

2年前から計画してたのです。

GTさんがまたすごく面白いの、ぜひ会ってほしいな」

 

ゆかちゃんはしょっちゅう、自分の行きたいところに旅を企画してる。

だから旅のお誘いはよく受けていた。

 

いいな、と思うことは多い。

しかしほとんど参加したことはなかった。

仕事を理由に、だ。

 

でも、このメールを見た時の「行きたい!!!」は

珍しほど強い反応だった。

行きたい!と全身の細胞が反応した。

 

このような震えるほどの欲望が走った時、

頭はびっくりしてストップをかけてくる。

ホメオスタシスの罠?

正常な防御装置か?

 

瞬時に脳内会議が執り行われる。

北海道だよ。

現地集合ぽいよ?

行ったことがないじゃん。

不安。

キャンプだよ? 旅館でも眠れないのに、テントで自分が眠れるの?

体力勝負だよ? 本当にできるの?

キャンプ道具あるの?

仕事どうすんの? 仕事に没頭するんじゃなかったの?

お金は大丈夫なの?

時間大丈夫なの?

 

頭の意見は、正論である。

この瞬間、ごもっとも、に聞こえるのである。

 

旅慣れていない人が、
旅に行こうとするって
心臓が口から出そうなほど、ドキドキすることだ。
 
旅を味わう前に、
心臓が口から出そうなほど、ドキドキしていたら
頻脈すぎて具合が悪くなってしまう。
いやいや冗談抜きで本当に頻脈になる。
(頻脈とは1分間に脈拍数が100を超えること指す)
 
興奮でドーパミンがドバドバと出る。
エネルギーをどんどん使っていく。
これは快楽この上ないことで、
通常判断などきかない状態だ。

 

 

旅はそれだけ特別なことだ。

特別なことってのは特別である限り、なかなかできないようになっている。

 
今という時点から振り返ると、とてもよくわかるが、
この時、私は自分自身に見えない制限をたくさんかけていた。
 
メールを貰ったこの時、私はサラリーマンで、自由に休むことはできないと思っていた。
(他の参加者は全員サラリーマンである)
 
ぴんと来たものをよく考えもせずに申し込んだり動いたりはしてはいけないと思っていた。
自分の好きなことをいくつもやってはいけないと思っていた。
仕事は最優先だと思っていた。

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自分の思い付きや直観と言われる瞬間的な判断を、
通常の自分に許していない時、
自分の本心は曇る。
 
本心ではなく、周りにある条件ばかり見るようになる。
周囲の批判、
仕事のしにくさ、
お給料や有休が減ること
これらは、それをやった時に起こるだろう不安や恐怖である。
 
でもこれは実は幻想で
周囲の人が怒っているかとか、気にしているかなんて
実のところ本当の所はわからない。
ひとりひとり聞きまわって確認しているわけではない。
旅行に行ったからと言って死ぬわけでもない。
 
なのに頭脳は全力で反対にかかってきたりする。
(過去が反応して自分を守っているつもりなのだ)
 
頭の声、未来の想像した不安を聴いて
行きたいなという気持ちをないがしろにしてしまうことは
未来の自分をないがしろにすること。
未来の自分を裏切っている。
今の欲求を裏切る、と
本心はどんどん曇り遠ざかる。不満が溜まる。
自分から信頼されていない自分は
自分のことを嫌いになる。
信頼しなくなる。
 
 
今、フリーランスで仕事をするようになってちょっと感じていることは、
自分の中で、ピンときたら動いていくと、
そのうちに後から答え合わせが起こってくる。
訳が分からず動いたことの意味が出来上がっていく。
 
意味が実はなくても、
動けたという事実が自分を開いていく。
未来への恐怖が薄らいでくる。
 
そして動けるようになってくる。
 
するとさらにピンとくる直観が冴えてくる。
そのうち動いて大丈夫だと知っていく。
 
他の人に、フリーランスになると、
本当にタイミングが波みたいに上下して
仕事が来たり動いた入りする
 
自分とは、実は自分の体や思考という
枠を超えた範囲でできあがっており
 
他人の計画、できごと、社会、全体と自分とは一体で、
物事は連動して見事に動かされている。
 
私が望んだことは、誰かに望まれていること、と知っていく。
 
この感覚がある限り、私は大丈夫なんだろうと思えてくる。
自分自身に安心しはじめる。
宇宙に存在しているという自分に安心し始める。
 
 
つまり、この時から半年たった今、自分にアドバイスするなら、このときすでにGOなんである。
 
旅を振り返って今、あの時行った自分は大正解だったんである。
 
だがしかし、私はドキドキしながら
この日は仕事に戻った。
 
でも、数日たっても、行きたいという思いは消えなかった。
 
そして数日後、意を決して申し込みをした。
 
「うれし~まだ日程先だからまた連絡するね~」
 
旅の達人、世界を駆けまわるゆかちゃんは
かるーいタッチで軽い返信をくれた。
なんかこの返信にほっとしたのを覚えている。
 
こうして腰の重い臆病な旅不慣れの、
北海道大自然行が決まったのであった。
 
つづきます