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アカシア食堂 レモンの記

すべては居場所をめぐる旅の話 「私」とは居場所のこと だいたいいるのはあわいのただなか

書き始めるまでの内と外を行き来する/点滴のように体に染み込んでくる文章が読みたいと思った

点滴のように体に染みこんでくる文が読みたい、と思った

大事なのは心臓を打つのと同じビートってこと

同じ速度

早すぎても遅すぎてもいけない

突き刺すようでもかっさらうようでもなく、淡々と染み入って沿っていくというような

新しいものがはいつてくるというのはだんだゆと大変になるのかもしれない

カッコ書き、説明とかない、かんたんでシンプルで、淡々としたものが読みたい
読みとかないといけないものはすこしでいい

謎は、ひとつあったほうがいい

ずっと本の中は特別だと思っていた。
本を特別なもののままにしておきたかった。
本にまつわることなら全て、特別。
私は本に対峙してこちら側にいると思っていた。崇拝、である。

いざ、その中に入るという時が来て私は反転しなければならなくなった。
望んで選んだことであったが、
どこかで全力で拒んでいる。

本が特別なものでなくなる。
恋が終わるのと似ているのかもしれない。

本屋に来て、沢山の本をパラパラとめくる。

売れている本、人気の本、可愛らしい本、元気な本。
どの本も愛しいけれど、躁状態にも、見えるのだ。

本の中はずいぶんと騒がしく見える。

自分の人生が特別やかましいと、
静かな文章を好むのかもしれない。
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時々、今ここに生きていてはいけないような気持ちになる

私は何者でもない何もしていない何も生んでいない
許されたい、猛烈に、何かに許されたい
何に?
でなければ消えてしまいたい
小さな自分はそう叫ぶ、時もあるのだが
私はその横に体育座りをして
その叫びをききながらいる
今は随分うまくそれを聞くことができるようになった。叫びたいだけ叫んでもいいと知っている。

本を書く前に、内側はこのようにざわついて、ドロドロが出る。
書き始めても続いていかない。

ゆっくりでいい。
最初の儀式のようなものだ。


生き方の全てを小説に教えてもらった
小説を読むって、誰かの人生を生きなおすということだ。物語は私に沁みこんで、そのうち誰の話であったかわからないような一部になる。

ていねいになぞる
そうしないとわからない

書いてあることはわかる
日本語もわかる
でも意味や視点は入ってこない
それでも小さいうち、
書かれたことをを読んだ

そのうち行間無読めるようになる
筆者のエネルギーを読むようになる

でも私の人生はどこにも書いておらずいろいろためしてみるほかはなかった

そのようにして、だんだんと言葉を紡げるようになる、夜中1時過ぎ。